Sunday, May 2, 2010

くるくる病の悲劇

世の中には非常に珍しい病気がある。「くるくる病」と呼ばれるその病気は、最近になって急に増えている。そして、何人もの人が死んでいるという話だ。体の一部を引っ張ると、くるくると硬化した体内の組織がどこまでも出てきてしまう病気だ。皮膚をつまんで、少し引っ張ると、体内の奥底まで組織がつながっており、ひゅるひゅると皮膚の裏側の組織とから血管、内蔵の一部までもがすべてひと塊になってとれてしまう。症状の軽い人は、10センチぐらいの細い糸のようなものがとれるだけだが、中には何メートルも直径1センチ程度の紐がでてきてしまって、心臓などがつながっていた場合には、それを取ってしまうと死んでしまう。少なくとも、そのスパイラルの紐を引っ張っているときには痛みはない。多くの場合、それほど長いものがとれることはなく、死にいたることは稀である。微生物が組織を硬化させることが原因だと考えられているが、どうもその微生物というのは我々の地球に存在する細菌のようなものではなく、どうも金属的なものでできている生物らしい。

オレの担当するこの地域では、一週間で既に12人もの変死体がでている。皆「くるくる病」による被害者だ。ボスにこの地域の様子を見てきてくれないかといわれ、オレはついに一つの母子家庭を突き止めた。少し神経質そうな母親と、登校拒否の小学生の少年が二人で暮らしている家庭だ。すべての死者に共通していたのは、この家庭となんらかの関わりを持っていたということだった。その家庭を訪れた人たちは、皆「くるくる病」で変死を遂げていた。

今回のミッションは、変死体の原因を探るため、この母子家庭を調査することだった。念のため、調査に向かう前に皮膚の1ミリ下に金のマイクロメッシュを移植してもらい、なぞの微生物が体内に侵入しないようコーティングを施してもらってから、現地へ向かった。

オレは母親の方に自己紹介をし、少年と少し会わせてもらえないかと頼んだ。少年は人と関わることを嫌い、学校へ行くこともやめ、家でゲームばかりしているという話だった。実際に会って話してみると、少年は小学生にしてはずいぶん大人びており、明るい性格の少年だった。少年の勧めるがままに、対戦ゲームを一緒にやることにした。ゲームをするのは久しぶりだったが、半ばサイボーグ化しているオレは、ゲームで少年をやっつけ尊敬を勝ち取った。

しかし、ゲームの途中で母親の様子がおかしいことに気がついた。母親はいかにも普通を装っていたが、他人が自分の息子と交流を持つことが精神的に耐えられないといった様子だった。その様子から母親の子を思いすぎる気持ちが、他者に対する憎しみと変わり、なんらかの理由で最近の変死体と関係しているようだった。しかし、いったいどうやって母親は訪問者達に「くるくる病」を埋め込んでいるのかは、その場の状況からはわからなかった。

様子がおかしいことで、オレはやや不安になり、その場を去ることにした。去り際に、「ぼうや、また今度勝負しような」と少年に言い残した。そうすることで、少年はまたオレに会いたいと思うだろう。少年思いの母親は、息子がオレにまた会いたいと思っていれば、すぐにおれを始末しようとは思わないだろう。

しかし、一抹の不安を抱えながらオレはその家を出るとともに、一目散に基地へ走って逃げることにした。なんらかの追っ手が後をつけてくるのを感じることができた。直接姿を見ることはできなかったが、おじさんの顔をした1メートルぐらいの背丈の生物が5人ぐらい後をついてきているようだ。

基地のあるホテルへ向かうため、途中で透明なエレベータに乗り込んだ。その瞬間、今まで隠れていた小さなおじさん達がいっせいいに乗り込んでこようとしてきた。おれは、エレベータの中に付いているシャワーを水力全開で浴びせかけ、なんとか誰も入って来ないうちにドアを閉めることができた。しかし、シャワーの水はもう残り少なくなっていた。透明なエレベータの壁にへばりついている小さなおじさん達は、まだなんとかエレベータを壊して中に入ってこようとしていた。オレは、冷静に自体を見守っているエレベータガールに「3階をお願いします」と丁寧に告げた。

上の階につくと、広々とした真っ白な床の部屋にでた。上空には青空が広がっている。3メートルぐらいの金箔の薄っぺらい人間がそこには何人かいた。金箔の人達は、とくに何かをオレに話すのでもなく、単にジャンプして空中を舞っては、また地面に落ちてきた。これもあの母親がオレを「くるくる病」に感染させるために仕組んだことかもしれないと恐怖を感じたが、特に攻撃してくる訳でもなう、オレはただそれにぶつからないように次のエレベータを目指した。

エレベータで自分の部屋がある上の階にたどり着いた。廊下を数人の女の子達があるいていたから、「今、外にいると危ないかもしれない」と教えてあげた。状況を知らない彼女達は、オレの助言など気にせずそれぞれの部屋に無言で帰っていった。

部屋で落ち着こうと思ったら、左の人差し指の先が少しはずれていることに気づいた。そのはずれている部分を引っ張ってみると、指の中の方の組織が一緒についてきた。痛みはないが、指が失われてしまうのはいい気分ではなかった。医療班に見てもらおうと、医者達のいる部屋へ向かったが、「くるくる病」の専門医は電話をしていてなかなかオレの相手をしてくれない。

たいていの「くるくる病」は数10センチぐらいまでの感染部位を取ってしまえば進行は停止する。まったく痛みはないから、少しずつ引っ張っていった。電話をしながら医者は、それでいいとオレに目配せした。しかし、引っ張っても引っ張ってもスパイラル状にオレの左腕の中の組織はつぎつぎの体内から出てきてしまう。さらに続けていたら、ついに左腕はすべてなくなってしまった。医者は少し驚いていたようだが、100ドルぐらいのお金のことについて、小銭を稼ごうといつまでも電話で話し続けていた。しばらくすると、「命に別状はないから、そのまま続けてすべてひっぱり出すように」とオレに指示した。より体内の奥の方の組織がひゅるひゅると抜けていくうちに、そのスパイラル状の組織の直径は1センチぐらいの大きな塊になり始めていた。そして、ついにその先にオレの頭蓋骨の一部がごりごりとした感触のまま繋がって体の外に出てきた。頭蓋骨が出てきたということは次は脳かもしれないと思うと、いっそう不安になった。

しかし、なぜ金のコーティングをしたオレの体を、ここまで浸食できるのだろうか。頭蓋骨の中身を砕いてみてみると、薄い金の膜をさらに編み直した模様のようなものが入っていた。これは単なる細菌の活動というよりは、知性のある生物が意図的に作り出したアートであり、金のメッシュでコーティングするなどという原始的な方法をとったオレたちをあざ笑うメッセージであることが伝わってきた。どうやら、「くるくる病」というのは、単なる特殊な微生物の活動ではなく、人間が想像していなかったような、微小な知的生命体の組織的な行動のようだ。脳に感染している知的生命体は、直接オレの脳を介して、すべてを教えてくれた。少年と母親の役割や、人類の未来についても。しかし、オレは誰にもそのことが話せないまま死んでしまった。

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